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優先株式設計の留意点(3)

2004/06/11

~ AZX Coffee Break Vol.5 〜

本稿は2004年1月に発行したAZX Coffee Break Vol.4の「優先株式設計の留意点(2)」の続きである。

(7)転換予約権 会社は、株主が他の種類の株式に転換することを請求できる旨を定めることができ(商法第222条ノ2)、かかる権利が付されている株式は転換予約権付株式と呼ばれる(商法第222条ノ3)。ベンチャー投資における優先株式では、株式公開後市場で売却するために普通株式に転換する必要があるため、原則として転換予約権が付けられる。また、この転換予約権を付け、その転換の比率を調整することにより、低額での新株発行等があった場合における当該優先株式の価値の希薄化を防止することが可能であり、これは優先株式の重要なメリットの一つとなっている。通常はこの転換比率は、「転換価額」という概念を用いて優先株式の発行価額と転換価額の比率であらわし、当初転換価額は発行価額と同額とし、株式分割、株式併合、転換価額を下回る発行価額での新株発行があった場合等に転換価額に所定の調整を行うという形がとられる。新株発行に伴う調整には、新株予約権の払込価額の場合の調整のようにコンバージョン・プライス方式を使う場合が多いが、当該新株発行の発行価額そのものを転換価額にしてフルに調整してしまうという方式が採用されることもある。合併、株式交換、株式移転、会社分割、資本減少等の場合も本来は転換価額の調整を必要とする場合があるが、これらについて予め調整方法を定めることは難しく、会社の取締役会が合理的に調整する旨の規定にとどめているのが一般的である。なお、新株予約権等の発行を調整事由とした場合においては、会社の役員や従業員へのストックオプションの発行が調整事由となることにつき問題ないかについて慎重に検討する必要がある。

(8)強制転換条項 現在の証券取引所の規則で優先株式等が残存したままでの普通株式の上場は可能になったとはいえ、実際にはどのような内容の優先株式がどの程度の割合で残存していても問題ないかについて明確な基準はなく、また優先株式の普通株式への転換により市場で流通している普通株式について希薄化が生じる可能性があるため、株式公開の実務においては、上場前に優先株式を全て普通株式に転換するように主幹事証券会社から指導されることが多い。この場合、優先株主が自発的に転換に応じてくれれば問題ないが、株価の問題等からその時点での株式公開に反対する優先株主が転換を拒否するという事態も考えられる。そこで、会社の側から優先株式を普通株式に強制的に転換できる条項を入れておく必要がある。この点に関し、商法は、定款において一定の事由が生じたときは会社がある種類株式を他の種類の株式に転換することができる旨を定めることができると定めており(商法第222条ノ8)、これは強制転換条項付株式と呼ばれている(商法第222条ノ9)。なお、従来の優先株式においては、株式公開、合併等の一定の事由が生じた場合には、会社又は株主からの請求がなくても、自動的に普通株式に一斉転換される旨の条項を定めたものが多く見られ、これは優先権に解除条件が付されているものとして解除条件付優先株式であると認識されその発行が認められてきた。商法改正後もかかる優先株式が禁止される理由はなく、有効に発行できると解釈されているようである。

この強制転換条項を付けた場合、転換事由の発生と転換の効力発生の間にタイムラグがある点に注意を要する。会社が転換をなす場合には、取締役会において転換するべき株式を決定した上で、株券提出に関して1ケ月以上の期間をおいた公告及び株主等への通知を行う必要があり、転換の効力はその期間満了時に発生する(商法第222条ノ9)。従って、株式公開自体を転換事由としてもスケジュール的に間に合わず、上場申請前に強制転換させるためには、上場申請の1ケ月以上前に転換事由が発生している必要がある。そのため、「会社の普通株式を証券取引所に上場する旨を取締役会において決議し、かつ、株式公開に関する主幹事証券会社から優先株式を普通株式に転換するべき旨の要請を受けた場合」を転換事由とすることなどを検討する必要がある。但し、かかる記載で登記可能であるか、転換に基づく普通株式の発行の登記の際にいかなる資料を要求されるかについて管轄法務局に確認しておく必要がある。

他方で、このような早い時点で転換事由を設定すると、優先株主にとっては、優先株式を普通株式に強制転換されたにもかかわらず、結局株式公開がスケジュール通りに実現しなかった場合のリスクを懸念せざるを得ない。そこで、投資契約等の交渉の場では、投資家サイドとしては転換予約権を自発的に行使して対応するから強制転換条項は入れる必要がない旨の主張をすることになる。ベンチャー企業の側としてはリード・インベスターの担当者とは面識も深く、信頼度も高いのである程度信用できるとしても、持株比率の低い投資家との間の信頼関係は高いとは限らず、この点悩ましい問題となる。一つの案としては、優先株式の内容として、「会社の普通株式を証券取引所に上場する旨を取締役会において決議し、かつ、株式公開に関する主幹事証券会社から優先株式を普通株式に転換するべき旨の要請を受けた場合」を転換事由とする強制転換条項を入れておき、別途、株主間契約において、優先株式が普通株式に強制転換された後一定期間内に会社の株式公開が達成されなかった場合には、会社は元の優先株式に戻す転換の手続を行い、株主間契約の全当事者はそれに協力をする旨を定めることが考えられる。現在の登記実務においては、特定の普通株式を優先株式に転換することは、全株主の同意等を得て行うことにより可能であるとされているため、株主間契約で全株主を拘束することができればかかるアレンジは可能である。この再転換自体を優先株式の内容にできるかという点については、転換後普通株式になったように見えても「再転換条項付きの株式」に転換したということであり、これは純粋な普通株式と異なる一種の転換予約権付株式として下記の上場要件の一つである「単一銘柄」の要件に抵触してしまうという疑問も払拭しきれないので、この点も含めて慎重に検討する必要がある。

また、上記転換予約権及び強制転換条項のいずれの転換についても共通する留意点として、転換に基づき発行された普通株式の配当起算日の定めと端数処理の問題がある。まず、配当起算日に関し、商法第222ノ6は、利益配当について定款又は取締役会決議をもって転換の請求をした時の属する営業年度の始め又は終わりに転換があったものとみなすことができるとしている。商法上はこのように選択することが認められており、営業年度の終わりとした方が会社側に有利なように思えるが、株式公開を想定しているベンチャー企業においては、配当については当該営業年度の始めに転換があったものとみなす規定を入れておくべき点に注意を要する。これは、東京証券取引所の「株券上場審査基準の取扱い」2(1)aにおいて、「新規上場申請者の上場申請に係る株式が単一銘柄であって、かつ、その上場申請に係る株式の数が当該株式の発行済株式総数と同数であることを原則とする」と規定されていることとの関係で、通常の普通株式の配当起算日は当該営業年度の始めであるにもかかわらず、優先株式から転換された普通株式の配当起算日が当該営業年度の終わりであるとすると、例え同じ普通株式であってもその株式に関する権利関係が異なるということになり、「単一銘柄」とはみなされないと判断されてしまうおそれがあるためである。

転換については端数の処理が規定されるのが通常であるが、この端数処理が優先株式1株単位で行われるのか、株主単位で行われるのか、全ての転換対象優先株式の単位で行われるのかが不明確なものとなっていると問題が生じる。特に、上場日までには優先株式を普通株式に転換することが予定されているものの、上場申請時点では優先株式が残存している場合があり、その場合、優先株式は普通株式にとっては一種の潜在株式のような存在であり、これが転換された場合には、何株の普通株式が発行されることになるかを明確にしておく必要がある。端数処理の規定が不明確な場合、優先株式が転換された場合に発行される普通株式の数を明確にすることができず、上場関係書類においてその点の記載について問題が生じてしまう可能性がある。従って、端数処理は一義的に明確になるように規定する必要がある。

(文責:弁護士 後藤勝也)

 

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