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M&A〜各種スキームの検討と実務〜

2010/01/15

~ AZX Coffee Break Vol.17 〜

昨今のIPO市場の冷え込みの影響もあり、ベンチャー企業においてもEXITの手段としてのM&Aが今まで以上に注目されている。また、上場したベンチャー企業が業務内容を拡大する手段として、M&Aによりベンチャー企業を買収するケースも増えている。以下では、未上場の会社を買収する場合の各種スキームのメリット、デメリットを紹介するとともに、実務上の留意点を述べる。なお、M&Aのスキームの選択にあたっては、独占禁止法や金融商品取引法上の問題や税務会計上の問題の検討も重要であるが、本稿では割愛する。

(1)M&Aの交渉過程 M&Aの交渉過程においては、(i)秘密保持契約を締結し、(ii)買収対象の会社の情報を開示してもらった上で、デューディリジェンスを進めていき、(iii)その過程で基本合意書(LOI、MOUなどという時もある)を締結し、デューディリジェンスの結果を踏まえて(iv)本契約の締結を行い、(v)効力発生日となるクロージングの日を迎えるという流れが一般的である。この流れがスムーズに進むよう、買収側としては(iii)の基本合意書において独占的交渉権を確保しておく必要性が高いが、買収金額等他の条件については、その後のデューディリジェンスの結果により変動する可能性があるため、法的拘束力を持たせない形で規定すべき場合が多い。

(2)M&Aの手段の選択 M&Aの方式としては、大きく分類すると、①株式譲渡、②募集株式発行、③事業譲渡、④合併、⑤株式交換、株式移転、⑥会社分割に分けられる。これらのスキームを組み合わせることも多くあり、どのようなスキームを選択するのがよいのかについては、各スキームのメリット、デメリットを踏まえ、弁護士や税理士、会計士などの専門家とも相談の上で、慎重に行う必要がある。以下においては、主に買収を検討する側の視点でM&Aの各スキームのメリットやデメリットを簡単に紹介する。なお、下記においては、原則的な手続を前提にメリット、デメリットを記載しているが、実際にスキームを検討するにあたっては、会社法では、略式手続、簡易手続による手続の簡素化や、対価の柔軟化等が図られているため、これらの手続の利用可能性も含めてメリット・デメリットを検討する必要がある。
①株式譲渡 M&Aの場面における株式譲渡の大きなメリットとしては、(a)会社法の手続の簡便さがある。株式譲渡の手続においては、譲渡制限会社においては譲渡承認機関の承認が必要であるが、定款で譲渡承認機関を取締役会としているベンチャー企業がほとんどであろう。また、株券発行会社では株券の交付が効力発生要件であるが、これについても株券の印刷の手間はあるものの手続として複雑というわけではない。また、(b)過半数を取得すれば経営権を取得できることや、(c)合併や事業譲渡に比べ、原則として買収対象が有している契約関係や許認可が影響を受けない点がメリットとしてある。これに対して、デメリット(留意点)としては、(i)株式の取得のために現金が必要という点や、(ii)会社ごと買うため、買収資産の選別が選別できず、偶発債務の遮断ができないという点がある。
②募集株式発行 上記の株式譲渡の方法の場合、会社に資金が入らないが、募集株式発行においては、(a)会社に資金を注入でき、経営再建の土台とすることができるというメリットがある。また、(b)事業譲渡や合併に比べて手続が簡易である。他方で、デメリット(留意点)としては、過半数の持株比率取得のための資金が株式譲渡より余計にかかる点がある。
③事業譲渡 事業譲渡の大きなメリットとしては、買収者が引き継ぐ資産や負債の内容を当事者間の契約で自由に選択でき、予想外の債務の承継を遮断することが可能な点がある。他方でデメリットとしては、(i)株主総会決議が原則として必要となり株主の反対により買収が実行できなくなる可能性があることや、反対株主買取請求権が発生する場合があること、包括承継ではないため、契約上の地位の移転には個別の同意が必要となることなど譲渡、譲受会社双方にとって煩雑な手続であることや、(ii)資産譲渡についての対抗要件具備や許認可の再取得にかかる費用を要するため、取引費用が総じて高くなるという点がある。
④合併 合併のメリットとしては、(a)消滅する会社の権利を包括的に承継するという点や、(b)追加の資金を使わずに企業の完全統合を実現可能という点がある。他方でデメリットとしては株主総会決議や債権者保護手続が原則として必要となることや、反対株主買取請求権が発生する場合があることなどがある。また、消滅する会社の債務を包括的に承継するため、偶発債務を遮断できないという問題がある。
⑤株式交換、株式移転 株式交換や株式移転のメリットとしては、(a)個々の株主を相手にせずして、特別決議によって全ての株式を取得することができる点、(b)子会社となる会社の株主に対して、親会社株式を付与する場合は、株式買収資金の手当を要しない点、(c)原則として債権者保護手続が不要な点(新株予約権付社債を発行している場合に例外がある)がある。他方で、デメリット(留意点)としては、100%子会社とする場合にしか利用できないという点や、反対株主買取請求権が発生する場合があることが挙げられる。
⑥会社分割 会社分割のメリットとしては、(a)事業に関して有する権利や契約関係を包括承継させることが可能である点、(b)事後設立規制(設立後2年内に純資産額の5分の1以上の対価を払って資産を取得する場合の規制)の適用なく特定の事業部門を新会社に承継させることが可能である点がある。もっとも、(b)の事後設立規制の適用がないというメリットについては、会社法下では事後設立の場合に裁判所の選任した検査役の検査が必要なくなったため、現在は大きなメリットとなっているわけではない。これに対してデメリットとしては、(i) 株主総会決議や債権者保護手続が原則として必要となること、反対株主買取請求権が発生する場合があることや、(ii)会社ごと包括承継する合併と異なり、権利移転について第三者に対する対抗要件を必要とする点がある。

(3)各制度の比較 実際のM&Aの際にどのスキームを選択するのがよいのかについては、買収当事者の事情にもよるため、ケースバイケースであるが、その選択にあたっては、スキームのメリット、デメリットをよく理解したうえで選択するのがよい。例えば、会社分割か事業譲渡がよいかの選択についてよく問題となるが、偶発債務を明確に遮断したい場合には事業譲渡がよく、他方で、契約移転に関する契約の相手方等の同意の取得手続が煩雑かつ困難になる可能性が高いのであれば、会社分割の方が望ましい。買収対象となる会社の財務状況、事業において重要な契約、引き継ぎたい資産の分析を行ったうえで、慎重に手段を選択する必要がある。

また、株式の取得による買収を検討する際にも、株式譲渡の場合、部分的な株式の取得ということが可能という点でメリットがあるが、ベンチャー企業の場合、過去の株式譲渡手続において、株券発行会社であるにも拘らず株式譲渡にあたって株券の交付がなされていないことにより、現在の株主が適法な権利者であるのか明確ではないという問題が生じる場合が多々あるので、留意する必要がある。このような場合、即時取得が認められる余地もないことはないが、できる限り株券の交付をやり直してもらうなどの対応をとる方がよいと考える。また、場合によっては、株式交換の余地を検討することも考えられる。株式交換は100%子会社化する前提での利用しかできず、反対株主買取請求権が発生する点に留意する必要があるが、対価を柔軟に設計でき、また、株式譲渡と異なり、手続無効訴えの提起期間が6ヶ月以内に限定されているというメリットもある。ベンチャー企業の買収においては、デューディリジェンスをして初めて発見される事項も多く、発見された事態に応じて、スキームを検討していく必要がある。

(4) スケジュール策定上の留意点 スキーム選択後における実務上の留意点としては、スケジュールの策定がある。合併、株式分割、株式移転、会社分割などの組織再編行為においては、債権者保護手続期間、反対株主の買取請求権に関する期間など、確保すべき期間や、事前開示書面の備置開始日等が厳密に定まっており、これらの期間や時期を遵守すべく、スケジュール表を予め策定しておくべきである。また、債権者保護手続が必要な場合、公告において最終事業年度の決算公告を引用する必要があるところ、ベンチャー企業においては決算公告を怠っている会社も少なくはなく、その場合、決算公告とあわせて債権者への公告をする必要があるため、公告の申込期間が通常よりも長くなる(3週間程度といわれることが多い)ことにも、留意する必要がある。さらに、新設分割の場合、会社の設立は登記をすることによって成立するため(会社法第49条)、設立日に登記申請を行う必要も留意する必要がある。

(文責:弁護士 雨宮 美季)

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