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ベンチャー企業における新株予約権の設計

2014/05/15

~ AZX Coffee Break Vol.29 ~

ストックオプション制度としての新株予約権が実務に定着してから既に長期間が経過しており、AZXはその制度創設当初から多数の新株予約権の発行に携わっているが、近時スタートアップ企業の増加により相談件数が増えており、以前当メールマガジンで解説して以降、制度や実務解釈の変更等も生じていることから、近時の傾向も踏まえ改めて新株予約権の設計について概説する。なお、新株予約権は、他社からの資金調達や業務提携の目的等にも活用可能であるが、本稿は役員、従業員等へのストックオプション目的の新株予約権を対象とする。また、原則として株式譲渡制限のある非公開会社を想定して解説する。

(1)基本構造 新株予約権の発行に際しては、新株予約権の「内容」(目的株数、行使価額、行使条件等)を株主総会で決定し、当該内容の新株予約権の募集及び割当を株主総会又は取締役会において決定した上で、個々の対象者と付与契約書を締結する手順がとられる。発行手順にはいくつかのパターンがあり、ここでは詳細を割愛するが、新株予約権の設計上重要なのは、付与契約など新株予約権関連書類の中に規定される諸条件の中には、新株予約権の「内容」と、それ以外の部分があるということである。新株予約権の「内容」は、有価証券としての新株予約権の権利内容を規定するもので、その内容に反する新株予約権の行使があっても会社法上無効であり、権利者への株式発行の効力は生じないと解されるが、「内容」に該当しない条件は、基本的に会社と付与対象者の債権的な合意に過ぎず、その条件に反する新株予約権の行使が会社法上有効か否か必ずしも判然としない曖昧さを残すことになる。実務では、新株予約権の「内容」とそれ以外の条件が、付与契約書等において混然と規定される例も多いが、上記基本構造に鑑みて、何を新株予約権の「内容」とし、何が債権的合意で足りるのかを整理検討した上で、「内容」となるべき事項は新株予約権の「要項」「要領」といった書類に明確に落とし込んで作成することを、AZXでは推奨している。

(2)税制適格 ストックオプションとしてワークさせるために、従業員等に過大な課税負担が生じないよう配慮する必要があり、無償発行で発行する新株予約権は税制適格ストックオプションとなるように設計するのが通常である。税制適格でない場合、新株予約権の行使時点で、株式時価と行使価額の差額分の利益を得たものとして、給与所得として課税対象となってしまうが、税制適格であれば株式売却時まで課税は繰り延べとなり、税率も譲渡所得として給与所得より低率のものが適用される。税制適格となるための主な要件は、(1)付与対象者が、会社又は子会社の取締役、執行役又は使用人であり、大口株主(非上場会社の場合持株比率1/3超)に該当しないこと、(2)付与契約において、概要①付与決議の日後2年を経過した日から付与決議の日後10年を経過する日までに行使されるべき旨、②年間の行使合計額が1200万円を超えないこと、③行使価額が付与契約時の株式の価額以上であること、④譲渡禁止、⑤行使に基づく株式交付が会社法の規定に反しないで行われること、⑥行使により交付される株式について振替口座簿への記載若しくは記録、保管委託又は管理等信託がなされること、の各点が規定されることである。新株予約権の発行時には、付与予定者が税制適格の対象者であるか、新株予約権の発行条件が税制適格に合致しているかに注意する必要がある。将来のM&Aの可能性を踏まえて、上記(2)①の行使制限の2年間の間でもM&Aの場合には行使できるようにしたいという要請を受けることがあるが、このような形にしてしまうと税制適格とならなくなってしまうリスクがあるので注意が必要である。その他新株予約権設計にかかわる注意点については、以下の個々の論点の関係箇所で適宜説明する。

(3)行使価額 新株予約権の内容として権利行使時の1株あたりの払込金額(行使価額)を定める必要がある。上述のとおり税制適格との関係で、無償で発行する新株予約権の行使価額は付与契約時の会社の株式の価額以上とする必要がある。非公開会社における時価算定は必ずしも容易でないが、実務的には今後のファイナンス予定も考慮しつつ、直近の株式による資金調達の単価をベースに行使価額を定める例が多い。逆に言えば、資金調達を行うとその調達単価を下回る行使価額の設定が難しくなるため、特にアーリーステージでVC等からの資金調達を検討するような場合には、資本政策に注意が必要である。なお、非公開会社が普通株以外の種類株で調達した株価については、税務上の時価評価における「売買実例」に該当しないとの公的見解が公表されており(下記URL)、種類株による調達であれば、当該調達単価を下回る行使価額の新株予約権の発行も検討の余地がある。但し、当該取扱いは「売買実例」という株価評価方法のひとつを適用しないということに過ぎず、その他の評価方法によって当該資金調達の状況は斟酌される可能性があるため、いずれにしても資金調達と新株予約権発行の順序や調達単価、行使価額の設定については事前に専門家を交えて慎重に検討することが望ましい。
http://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/stock_option/

(4)調整条項 新株予約権の行使価額や目的株数は、新株予約権発行後のダイリューション緩和等の目的で、調整条項が設けられるのが通常である。典型的には、株式の分割又は併合が生じた場合に、その比率に応じて目的株数及び行使価額を増減させる内容である。また、ダウンラウンド(低額単価での増資など)が生じた場合に、ダウンラウンド実施による株式時価の低下割合を一定の加重平均方式の計算式により算定して、その割合で行使価額を引き下げ調整する調整条項もポピュラーである。新株予約権におけるこれらの調整条項は標準的な内容が概ね固まっているが、ベンチャー企業でよく見受けられる問題点として、ダウンラウンド調整の計算式において株式の「時価」という係数が特段の定義なく用いられているケースがあり、この場合、非公開会社では「時価」の一義的な算定が困難であることから、実際にダウンラウンドが生じた場合に、調整条項の発動の有無及び具体的な計算結果が不明になる問題が生じる。かかる問題を避けるためには、例えば上場前の「時価」は「調整前の行使価額」を意味し、上場後の「時価」は、直近一定期間の終値平均を意味するといった形で、調整計算式における「時価」を明確に定義することが必要となる。

(5)行使期間 行使期間の設定について会社法上特段の制限はないが、前述した税制適格要件の関係で、新株予約権を行使できる期間は、付与決議日後2年経過した日から、付与決議後10年を経過する日までの期間となるよう、付与契約で制限を設ける必要がある。

(6)行使条件 適宜の権利行使の条件を定めることが可能であり、行使時における役員、従業員等の身分の保持を条件とすることが通例である。その他に考えられる典型的な行使条件としては、株式公開までは行使できない旨や、懲戒事由などの不存在、反社会的勢力との不関与等がある。会社法上の解釈及び実務運用として、行使の条件は新株予約権の「内容」として、株主総会において一義的に定める必要があり、行使可否の判断を取締役会に委ねる形の規定は登記が拒絶されるリスクがあることに留意すべきである。例えば、「○○に該当した場合の行使の可否は取締役会の判断による」「その他の行使条件は取締役会の決議に基づき締結される付与契約に従う」といった内容の行使条件は、以前はそのまま登記が受理される例が多かったが、近時の運用ではこのような条件は会社法に適合しないものとして、法務局から登記を拒絶される場合が多い。このため、重要な行使条件であれば、取締役会に判断を委ねる形でなく、発行時点において具体的な条件の内容を定めて株主総会の承認を得るようにした方が良い。

(7)ベスティング 従業員等の在籍期間等に応じて、行使期間中における従業員の権利行使可能数を段階的に引き上げる、いわゆるベスティングの条件が設定されるケースが多い。具体的には、各付与対象者の入社からの在籍年数に応じるもの、新株予約権発行からの経過年数に応じるもの、株式公開後の経過年数に応じるものなど、いくつかのパターンが見受けられる。このようなベスティングの条件は、全対象者一律の内容として規定可能なものであれば新株予約権の「内容」に盛り込むことも可能であるが、対象者毎に条件を異ならせるケースもあり、その場合には新株予約権の付与契約の方に規定を入れることとなる。なお、日本の実務では、前述のとおり従業員等の地位の保持が行使条件とされ、かかる地位の継続保持を前提として、一定の経過期間に応じた行使を認める形のベスティングが一般的であるが、米国のストックオプションでは、退職までの在籍経過期間等に応じて、付与数の一定割合を退職後も行使できるようなベスティング条件が設定されるケースが多い。

(8)取得条項 会社側のイニシアチブで新株予約権を消滅させる手段として、会社法上は新株予約権を会社が一旦「取得」して自己新株予約権とした上で、取締役会決議により消却するという手順が原則となる。そこで、いかなる場合に会社が新株予約権を「取得」できるか(取得事由)を、新株予約権の内容として定めることとなるが、行使条件に抵触して行使できなくなったこと、会社が被買収側となる企業再編(合併、株式交換等)が承認可決されたこと等を定めるのが通例である。企業再編については、買収実行の妨げとなり得る新株予約権を、買収に際して消滅させられるように取得事由として定めるものであり、合併等の場合だけでなく、100%又は過半数株式買収の実施などを取得事由として規定することも検討に値する。なお、実際に買収を受ける際に新株予約権を無償取得することが、買収後の従業員のモチベーション維持の観点から問題となるケースもあるが、必要に応じて買収会社に買い取ってもらう、買収会社から改めて新株予約権を発行してもらうなどの交渉の余地もあるところであり、いずれにしても新株予約権の設計上は買収時には無償取得できる旨を定めておく方が良い。

(9)開示規制への注意 金融商品取引法(以下「金商法」)上、50名以上の者(人数は6ヶ月間通算される)に対する有価証券の取得勧誘は、原則として「募集」として、発行者が同法に基づき有価証券届出書の提出義務を負うことになる。金商法上、有価証券届出書提出義務を一度負うと、以後有価証券報告書を毎年提出しなければならなくなってしまうため、未公開企業の有価証券の発行にあたっては、有価証券届出書の提出対象とならないよう留意する必要がある。新株予約権の場合、開示規制の例外扱いとして、勧誘対象が50名以上に達して「募集」に該当した場合でも、会社、100%子会社、100%孫会社の取締役等(取締役、会計参与、監査役、執行役又は使用人)に、譲渡制限(会社法第236第1項第6号)の付された新株予約権を勧誘する場合には、有価証券届出書の提出は不要となる。役員、従業員以外に対する付与が50名以上にならなければ問題ないと思われがちであるが、一回の発行の対象者中に役員、従業員と社外のコンサルタント等が混在していると、その発行は上記例外要件に該当しないと解釈されており、例えば従業員49名とコンサルタント1名に発行する場合でも有価証券提出義務の対象となってしまう点に注意が必要である。また、6ヶ月以内に従業員45名、社外コンサルタント5名への発行を数回に分けて行う場合に、1回目に従業員45名、2回目にコンサルタント5名という発行であれば問題はないが、1回目に従業員40名とコンサルタント3名、2回目に従業員5名とコンサルタント2名という発行の場合、両者を通算して50名以上への勧誘となり、かつ上記例外にも該当しないこととなって有価証券届出書の提出対象となってしまうため、注意する必要がある。アーリーステージでは問題になることは少ないが、ミドルステージ程度の規模になると、6ヶ月間に50名以上に対して新株予約権を付与する場合も稀ではないため、上記規制を理解しておくべきある。

(10)報酬規制 会社法上、役員に対するストックオプションとしての新株予約権の付与は、同法第361条の「報酬等」に含まれると解されている。したがって、付与対象者に役員が含まれる場合、株主総会において報酬決議を得ることを失念しないようにすべきである。通常の場合、新株予約権の「内容」を決議する株主総会において、予定される役員への付与数に応じて「新株予約権○個分の公正な評価額を上限とする」といった内容で報酬決議を得ておく場合が多い。

(11)有償発行について 税制適格での無償発行を想定して解説してきたが、行使時の課税を回避できる手法として、新株予約権の公正な時価を算定した上、当該価額を発行価額として新株予約権を有償発行する方法(公正時価発行)もよく用いられている。紙面の関係上詳細は割愛するが、特に上場会社では株式報酬制度として、行使価額を1円とする公正時価発行のケースが近時は多く見受けられる。また、非公開会社でも大口株主に該当するため税制適格を受けられない創業者等に、持株比率維持等の目的で公正時価発行を行うケースが散見される。

(12)発行後の変更について 新株予約権の発行後の内容変更については、原則として、変更内容についての株主総会の承認と、全権利者の同意を得ることによって可能と解されている。この点、株主総会決議を経た新株予約権の「内容」でなく、付与契約にのみ規定された事項であっても、その変更に株主総会の承認が必要とならないかは慎重に検討した方が良い。実際に、付与契約に規定されていた、上場後にのみ権利行使できるとの条件が、株主総会の承認なく変更できないとされた判例(最高裁判決平成24年4月24日)がある。また、変更によって税制適格の要件に抵触することがないかについても、個別に慎重に検討した方が良い。           
(文責:弁護士 林 賢治)

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