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起業家の株式を守る方法~夫婦財産契約を踏まえて~

2025/05/27

「結婚」はプライベートな事項であるため、会社の経営とは無関係であると思っていませんか?

実はそうとも言い切れません。経営者が離婚した場合、自己が保有する株式はどうなるでしょうか。後で述べる「財産分与」の対象になった場合、一部がパートナーのものになってしまうかもしれません。そうすると、会社の資本政策や議決権比率に多大な影響を及ぼします。今回は、経営者が結婚そして離婚する場合に注意すべき事項を株式等の観点から見ていきます。

1.夫婦の財産について

昔から、夫婦になるということは「お財布が一緒になる」ことであると言われることもありますが、現行民法は、以下の条文の通り、夫婦別産制を採用しています(民法第762条第1項)。

第762条

  1. 夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産(夫婦の一方が単独で有する財産をいう。)とする。
  2. 夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は、その共有に属するものと推定する。

上記の条文を前提に、夫婦の財産については、大要、以下の3つに分類されると考えられています(松本哲泓『離婚に伴う財産分与-裁判官の視点にみる分与の実務-』49頁)。

① 特有財産(財産取得について他方の協力がなかった名実共に夫婦各自の財産、また、夫婦各自の専用品と目されるような、財産の性質により各自に帰属する財産)

② 共有財産(共同生活に必要な家財・家具、夫婦の協力で取得したもので双方の名義になっている財産のように、名実共に共有財産となるもの)

③ 実質的共有財産(名義は一方に属するが、実質的には共有になる財産。婚姻中、夫婦の協力により取得されたが、名義は夫婦の一方になっている財産)

2.離婚した場合の財産関係について

夫婦が離婚した場合、夫婦の一方から他方へと、財産分与請求を行うことが認められています(民法第768条、771条)。

財産分与について規定した民法第768条第1項においては「協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。」とのみ規定されているため、財産分与の対象となる財産の範囲は条文上明確ではありませんが、原則的には、①特有財産は財産分与の対象とはならず、②の共有財産と③の実質的共有財産は対象になるとされています。そして、婚姻中に取得した財産は、夫婦の一方の収入による場合や一方の名義になっている場合でも他方の有形無形の協力に基づいているため、上記③の実質的共有財産に該当し財産分与の対象になると考えられています(前掲50頁)。民法の婚姻制度の背景には、夫婦の財産は夫婦で協力して築いたものという考えがあるようです。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

では、財産分与の対象とならない特有財産としては、どのようなものがあるのでしょうか。概ね、以下の(i)~(iii)の類型があると考えられています(前掲84頁)。

(i) 夫婦の一方が婚姻前から有していた財産

(ii)  婚姻後に親族からの贈与、相続などによって取得した財産

(iii)  夫婦の合意により特有財産とした財産

夫婦の一方が婚姻前から有していた財産(上記(i))は、特有財産となります。したがって、学生時代に起業し、その後結婚したようなケースにおいて、婚姻前から有していた株式は特有財産となり、原則として財産分与の対象となる財産から外れることになります。

また、婚姻後に起業する場合であっても、相続によって取得した財産を共有財産と峻別して管理しそれを原資に起業したようなケースでは、上記(ii)に該当し、特有財産になります。(前提として、特有財産を原資に購入したものは特有財産となります。)

3つ目のパターンとして、「(iii)夫婦の合意により特有財産とした財産」というものがありますが、これはどのようなものなのでしょうか。これが今回のメインテーマである「夫婦財産契約」になります。

3.夫婦財産契約とは?

婚姻前に「夫婦財産契約」を締結し、当該契約において夫婦の一方が保有する株式については離婚した場合の財産分与の対象に含まないことを明記することが可能です。

ここで問題になるのは「婚姻前に」という点ですが、この点は後述しますので、まずはどのような契約を締結すればよいかという点を見ていきましょう。

なお、サンプル条項においては、上記部分に限定して記載していますが、実際には他にも追記するべき条項があります。契約全体のレビューやドラフトをご依頼されたい場合は弊所までご連絡下さい。また、分かりやすさを重視して「起業家」「配偶者」としましたが、実際に契約書を作成する際は「夫」「妻」などの方が自然かもしれません。

第1条 起業家の特有財産

1. 起業家及び配偶者は、次の各号に定める財産を起業家の特有財産とすることに合意する。

(1)  起業家が保有する株式会社●(住所:●)の株式及び潜在株式(新株予約権その他株式への転換、株式との交換、株式の取得が可能となる証券又は権利を意味する。「株式」と併せて以下「株式等」という。)の全て(婚姻後に取得するものも含む。)

(2)  婚姻後に起業家が自己の名で得た財産

(3)  前各号に定める他、起業家が婚姻の時点で保有していた財産

2.  起業家及び配偶者は、前項に定める株式等に基づき起業家が得る一切の権利及び利益(配当、評価益、キャピタルゲインを含むが、これらに限られない。)についても、起業家の特有財産とすることに合意する。なお、配偶者は、本項に定める権利及び利益について、婚姻中における自己の寄与を主張しないものとする。

第2条 配偶者の特有財産(略)

第3条 特有財産の取扱い

起業家と配偶者が万一離婚する場合、特有財産として第1条及び第2条に定めた財産は、財産分与の対象とはしないものとする。

サンプル条項では、第1条において起業家の特有財産として扱う財産を特定し、第3条において当該特定した財産が財産分与の対象とならないことを明確にしています。第3条がセットで重要なのは、前述の通り、特有財産であってもパートナーの寄与が認められて財産分与の対象になるケースがあるためです。

なお、スタートアップ経営者が婚姻前から取得していた株式であれば、夫婦財産契約で合意せずとも特有財産として財産分与の対象から外れるため、夫婦財産契約により特有財産として合意することは必要ないと思われるかもしれません。しかし、後述の通り、特有財産であっても維持や価値の増加にパートナーの寄与が認められる可能性もありますので、やはり締結しておいた方が安全ということになります。

 

以下、いくつか想定されるQAを記載します。

Q. 株式の値上がり益や配当については、どのように扱われますか?

A. 基本的に、株式の値上がり益や配当についても、株式が帰属する者に帰属すると考えられます。但し、価値の維持や上昇についてパートナーの寄与が認められて財産分与の対象になる可能性もあるため(特有財産の維持についてパートナーの寄与を認めた裁判例として東京地裁平成15年9月26日)、サンプル条項においては、夫が経営する会社の株式等及び当該株式等に基づき夫が得る一切の権利及び利益が特有財産に含まれること及び寄与を主張しないことを明記し、あわせて第3条で財産分与の対象にならない旨を明記しています(第1条第1項第1号、第3条)。

 

Q. 株式を資産管理会社で保有していますが、この場合も夫婦財産契約でカバーできますか?

A. 可能です。資産管理会社の保有資産や自身が経営する会社以外の会社(エンジェル投資家として出資している未上場会社など)の株式等も夫婦財産契約に明記することで特有財産とすることが可能です。

4.夫婦財産契約の締結時期及び登記について

民法755条では「夫婦が、婚姻の届出前に、その財産について別段の契約をしなかったときは、その財産関係は、次款に定めるところによる。」とされているため、夫婦の財産関係に変更を生じさせる夫婦財産契約については、婚姻前に締結しないと法的拘束力を有しません。

また、第三者及び夫婦の承継人との関係でも有効とするためには、婚姻前の登記が必要とされています(民法第756条)。そのため、万が一に備え夫婦財産契約を第三者及び夫婦の承継人(相続人等)との関係でも有効としておくためには、婚姻前に契約を締結しておくだけでなく、登記まで行っておいた方がよいということになります。
なお、登記は、戸籍などに付随してされるわけではなく、夫婦財産契約として独立して登記されます。

なお、民法第758条第1項において「夫婦の財産関係は、婚姻の届出後は、変更することができない。」と規定されていることから、夫婦財産契約を婚姻後に変更することはできない可能性があります。そのため、契約内容は慎重に確認した方がよいと考えます。

5.婚姻後に起業する場合

前述の通り、夫婦財産契約は、婚姻前に締結しないと法的拘束力を有しないため、既婚者が婚姻後に起業した場合はどうすればよいのか、という問題が発生します。最近は様々なライフステージの起業が増えていることから、この問題に頭を悩ませている経営者の方も多いのではないでしょうか。

前述の通り、実質的共有財産(名義は一方に属するが、実質的には共有になる財産)は、共有財産として財産分与の対象となります。
「お金には色がない」という言葉があるように、株式を取得するに当たって出資した金銭の原資が出資者の稼いだ給料であったとしても、当該金銭が夫婦の生活費を出し入れするために使用されている銀行口座から払い込まれているなどの事情がある場合は、当該口座の金銭は共有財産であるとされる可能性が高いです。

裁判例においては、以下のようなものがあり、婚姻(内縁関係)開始時には特有財産であった口座等の財産について、後発的な事情により特有財産性が失われる可能性があることが示されています。

① 口座内に一方名義の特有財産が拠出されたものの、特有財産の金額以上の金銭が引き出されたことがあるために特有財産は残存していないと判断されたもの(東京高判令和3年3月16日最高裁判所民事判例集76巻7号1981頁)

② 内縁関係が18年半続いており、生活費、事業関連の多数かつ多額の出入金及び資金移動も混在しているため、内縁関係の開始時に一方が保有していた口座の残高は特有性が維持されていないと判断されたもの(福岡家審平成30年3月9日家庭の法と裁判25号56頁)[1]

③ 株式の売却益及びその運用益約200億円(特有財産)と給与所得とその運用益3億5000万円(共有財産)を原資に取得した財産について、当該原資が峻別して管理していたとは認められないため、財産の取得原資のほとんどが特有財産であったとしても、共有財産であると判断されたもの(東京地裁平成15年9月26日)

すなわち特有財産である金銭と生活費口座の金銭は「混ぜるな危険」ということになりますが、反対に、これらの裁判例からの学びとして、婚姻前の特有財産が存する口座と婚姻後に給与や生活費を管理する口座を峻別し、婚姻前の特有財産が存する口座から出資することで、特有財産を原資として株式を取得したと認められやすくなる可能性はあると考えます。

もっとも、婚姻後に長期間が経過した後に夫婦の一方が起業するというケースにおいては、婚姻前の特有財産が存する口座と婚姻後に給与や生活費を管理する口座が峻別されていないケースも多いと考えます。その場合は、例えば、相続財産や投資収益などおよそパートナーの貢献が認められず特有財産として扱われる可能性が高い財産があるのであれば、それらを管理する口座を別途作成し、当該口座のみから出資するといった前準備が必要になると考えられます。

最後に

今回は万が一離婚した場合に備えた夫婦財産契約の締結について主に紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。近い将来、VCとの投資契約書において、夫婦財産契約について言及される日も近いかもしれません。日本においては婚姻前に夫婦財産契約を締結する文化がまだ十分に浸透していませんが、万が一の場合に会社を守るために、早めに備えをしておきましょう。

【脚注】

[1] 裁判例では必ずしも法律上の婚姻を基準に判断するのではなく、内縁関係の開始時を基準に夫婦の共有財産であるかを判断しているケースがあります。

執筆者
AZX Professionals Group
弁護士 パートナー
高橋 知洋
Takahashi, Tomohiro
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柳沢 優帆
Yanagisawa, Yuho
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