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年俸制と労働基準法

2008/02/22

~ AZX Coffee Break Vol.7 〜

最近、年俸制を採用する企業が増えており、ベンチャー企業においては上級管理職だけではなく、一般社員にも年俸制を採用しているケースが多く見られる。しかしこの中には、時間管理を要せず、割増賃金の支払も要しない賃金形態として年俸制を理解し、労働基準法に反する違法な運用となっているものが多いようである。このような実態を踏まえ、今回は年俸制と労働基準法とのかかわりにおける主要な点を解説することとする。

(1)年俸制の概念  「年俸制」という概念は法律上明確に定義されているわけではなく、一般的に使用者と労働者が年額をもって賃金を定める場合が年俸制と呼ばれている。法律上の特別の賃金形態ではないため、労働時間や賃金に関する労働基準法上の規制は適用されるのが原則である。しかし、年俸制を採用する場合には、単に雇用契約で賃金額を年額として表示するだけでなく、給与の支払条件や割増賃金の取扱いが通常の月額賃金の場合と異なってくることが多いため、これが労働基準法上どのように位置づけられるかが問題となってくる。

(2)割増賃金支給の必要性  時間外労働、深夜労働または休日労働をさせた場合は割増賃金を支払わなければならない(労働基準法第37条)というのが労働基準法の基本原則であり、年俸制を採用したというだけでその適用を免れるものではない。労働基準法上、管理監督者や機密事務取扱者等については労働時間、休憩及び休日に関する規定の適用が除外され(但し深夜労働の割増賃金は支払要)、裁量労働制を適用した労働者については労使協定等で定めたみなし労働時間を基準として賃金を支給すれば足りる(但し深夜労働及び休日労働の割増賃金は支払要)といった例外があり、またフレックスタイム制を採用することによって1ヶ月間の所定外労働の発生を抑えるといった手段がある。しかしながら、これらは月額賃金の場合にも共通に適用されるルールであり、年俸制についてもこれらのルールに沿う範囲で割増賃金の支給が減免されるに過ぎない。

(3)年俸額に割増賃金を含める契約について  年俸制を採用する場合に、「年俸1000万円・・・時間外労働の賃金を含む。」といった形で、年俸額の中に一定の割増賃金を含める形で年俸を決定している例がしばしば見受けられる。これについては以下のような点に留意すべきである。
①位置づけ 年俸制であっても法律上必要な割増賃金の支払義務があることは上述のとおりであり、労働実績にかかわらずいかなる場合でも年俸額以上支払わないという運用は違法である。この点について通達は、「年俸額または月額賃金に時間外労働等の割増賃金が含まれていることが労働契約の内容として明らかであって、割増賃金相当額と通常の労働時間に対応する賃金部分が区別されており、かつ割増賃金相当額が法定の割増賃金額以上に支払われている場合は、一定の割増賃金を含ませていたとしても労働基準法上問題ない」としている(平12.3.8 基収第78号)。この趣旨は、年俸額のうちのどの部分が割増賃金に相当する額であるかを明確にし、実際の労働時間に基づき計算される本来支払うべき法定の割増賃金(以下便宜上「計算上の割増賃金」という。)を計算した上で、不足があれば追加支給すべきということであり、結局法定の割増賃金を全額支払うことが大前提ということになる。従って、このような契約形態は、労働者に対して年俸額を大きく見せる効果はあるが、実質的には事業者の賃金負担を軽減するものではない。
②運用  割増賃金相当額をどのように決めるかについては、年俸額のうちの一定金額を特定したり、年俸額の一定割合とする方法などが考えられるが、いずれにしても割増賃金相当額が明確に特定され、労働実績に基づく法令上の割増賃金額が計算できるような体系になっていなければならない。この点、年俸額の中に一定時間の時間外労働の対価を含む趣旨を記載し、時間外労働の時間数のみを記載している場合があるが、時間外労働には単なる時間外労働のほか、深夜労働、休日労働の各場合があり、それぞれで賃金の割増率が異なるため、このケースでは年俸のうちいくらが割増賃金相当額であるか明確に特定されていないという疑義が生じる可能性がある。したがって、割増賃金相当額は金額が明確に特定できる形で定めるのが適切と考えられる。なお、現実の運用では割増賃金相当額と計算上の割増賃金を比較して精算することになるが、この精算方法は大きく分けて二通りが考えられる。一つは、年俸額に含まれる割増賃金相当額を取り崩しながら毎月の計算上の割増賃金額を支払っていき、年間を通じて割増賃金相当額に残余が生じた場合は最終月に支払う方法であり、他方は、毎月の労働実績にかかわらず年俸額中の割増賃金相当額の1ヶ月相当分を毎月定額で支払う方法である。前者の方法では、年俸額を各月に均等に支給したいという通常の当事者の認識とずれる可能性があるため、後者の方法が採用されることが多いが、後者の方法の場合、各月ごとに支払われている割増賃金相当額が各月の労働実績に基づく計算上の割増賃金の額に満たない場合は労働基準法違反となるため(平12.3.8 基収第78号)、月ごとに割増賃金相当額の不足分を精算する必要があり、月により労働時間にばらつきがあると本来の想定よりも多額の割増賃金を支給する結果になる可能性がある。年俸制の制度検討にあたっては、こうした点を慎重に考慮するべきと考えられる。

(4)賞与の取扱い  年俸制において、年俸額の16分の1等を毎月支払い、残額を賞与という形で支払う場合が多く見受けられるが(以下残額に相当する部分を便宜上「賞与部分」という。)、この賞与部分の支給が確定的なものか不確定的なものかによって取扱いが異なってくる。年度途中の入退社については日割計算をするが、それ以外は満額支給する場合の賞与部分は確定的なものといえ、これに対し勤務成績等に応じて額が変動したり不支給となる場合の賞与部分は不確定的なものといえるのであるが、以下に各々における留意点を解説する。
①賞与部分の支給が確定的な場合  労働基準法第24条第2項において、賃金は毎月1回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない旨が定められており、賞与及び1ヶ月を超える期間ごとに支払われる精勤手当等はその例外とされている。そして、勤務成績等にかかわらず確定的に支払われる賃金はこの例外に当たらないと解されているため(昭22.9.13 発基第17号)、確定的な賞与部分は例外にはあたらないことになる。この結果、かかる賞与部分には毎月1回以上一定期日支払の原則が適用されることとなるが、これが賞与部分を毎月に均して支払うべき(結果として賞与部分はなくなる)ことを意味するのか、支払期日を明確にしておけば毎月に均すことまでは必要ないのかについては、必ずしも明らかではない。筆者が個人的に確認したところでは監督庁は後者の見解のようであるが、導入に際しては慎重な確認が必要であり、また後者の見解に立った場合でも賞与部分の支払期日を明確にしておく必要があることに留意されたい。また、賞与部分については、割増賃金の算定基礎額(時間単価)との関係にも注意が必要である。法律上、支給額が確定している賞与についてはこの時間単価のベースから除外できないとされているため(平12.3.8 基収第78号)、年俸制における支給が確定的な賞与部分も割増賃金の基礎に含めなければならないことになる。
②賞与部分の支給が不確定的な場合  支給が不確定的な賞与部分の場合には、月額賃金制度における賞与に準ずるものといえるわけであるが、年俸制と称して年額賃金を定めた場合には、その中にこのような支給が不確定な金額は含まれないと期待するのが通常であり、労働者の誤解を生じる可能性がある。年俸制を採用しつつ、当該年俸額にこのような不確定な賞与部分を含めるのは適切でないとするのが監督庁の見解のようであり、仮に含めるとしても最低限、当該賞与部分が不確定であることを雇用契約及び就業規則に明記し、誤解を生じないようにすることが必要と考えられる。

以上のように、時間管理も割増賃金の支払も要しないと誤解されがちな年俸制であるが、各日各月の時間管理が必要であり、割増賃金の支払も免れるものではない。割増賃金の未払問題は厚生労働省も深刻に受け止めており、本年11月をキャンペーン月間に指定して、全国一斉に企業への抜き打ち調査等を実施し、割増賃金を適正に支給しないサービス残業の取り締まりの強化にあたった。割増賃金を支払っていない場合はもちろん、割増賃金の基礎に算入する金額を誤っている場合なども是正指導を受ける可能性が高く、年俸制における賞与部分の取扱い等、注意が必要である。いずれにしても、年俸制における労働基準法の規制を理解し、法を遵守した運用を心掛けるべきである。

(文責:社会保険労務士 岡田 章子)

 

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