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秘密保持契約 / NDA の留意点

2003/10/01

~ AZX Coffee Break Vol.1 〜

企業が何らかの取引をする際に自社の情報の開示を必要とする場合があり、その際に自社の秘密情報を守るための契約が秘密保持契約である。英語ではNon Disclosure Agreementと言われることが多く、日本でも「NDA」と呼称されることが多い。特に先端の技術やビジネス手法を武器とするベンチャー企業にとって秘密情報の保護は最重要課題の一つであり、NDAはベンチャー企業にとって最もなじみの深い契約であるといっても過言ではない。しかし、NDAが何のために必要であり、NDAの各条項のうち特にどこに注意するべきかについては必ずしも理解されていないことがある。

まず、NDAの必要性について理解する必要がある。NDAが自社の秘密を守るためのものであることは言うまでもない。しかし、その必要性についてもう少し掘り下げて考える必要がある。自社の営業秘密を不当に第三者に開示され、又は流用された場合にそれを止めることができなければ意味がない。不正競争防止法においては、「営業秘密を保有する事業者からその営業秘密を示された場合において、不正の競業その他の不正の利益を得る目的において、又はその保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為」は「不正競争」の一つとされ(第2条第7号)、不正競争に対しては差止請求(第3条)や損害賠償請求(第4条)が認められる。ここで重要なのは保護されるのは「営業秘密」に限定されている点である。実際の裁判の場合には、ある情報がそもそも不正競争防止法における「営業秘密」であるか否かが重要な争点の一つになることが多く、NDAを締結せずに開示された情報はそもそも「営業秘密」であると認定されない危険がある。そのため、自社の営業秘密であることを示すためにもNDAを締結した上で情報を開示することは重要である。また、相手に開示した情報の中には特許となり得る情報が含まれている可能性もある。特許法において、「特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明」は特許の対象とはならない(特許法第29条第1項第1号)。例え少数かつ特定の者が知った場合であっても、その者に守秘義務が課せられていない場合には公知となると一般に考えられている。そのため、NDAを締結せずに、発明を開示した場合には、その発明については特許を取得できなくなる可能性がある。ベンチャー企業の場合、知的財産権を専門に取り扱う部署はないことが多く、何を特許として出願するべきか不確定である場合が多い。そのため、NDAを締結して特許となりうる発明を保護しておくことは極めて重要である。

このようなNDAの重要性を理解し、取引に当たっては事前にNDAの締結を要求するのが賢明である。しかし、相手がベンチャー・キャピタル(VC)の場合は多少考慮を要する面があり、場合によっては交渉が難航することもあるため、少しだけ触れておく。VCの場合、通常は投資家から集めた資金をファンドという形で管理運用しており、ファンドの資金を投資した場合には、ファンドの投資家に対して投資先企業の状況等について、事業の概要程度ではあるが一定範囲での報告を行う必要がある。また、ファンドの投資家が出資金以上の債務を負担することは予定されていないため、ファンド自体が秘密保持義務等の何らかの義務を投資先企業に対して負うことは難しく、ファンドではなくVCのみがNDAの当事者となることが多い。他方で、ベンチャー企業にとしては秘密情報の保護が約束されなければ情報の開示は難しく、VC側の秘密保持義務をめぐっては、投資契約の交渉の際に問題となることがある。もちろん適切なNDAを用意しているVCも多いが、この点の理解にずれがあると必要以上に交渉が難航し信頼関係に支障が生じてしまう可能性もある。この点については、ベンチャー企業とVCにおいて、相互に立場を理解しつつ、適切な対応がなされることが望まれる。

ベンチャー企業の場合には、自社の秘密情報の保護が重要課題であることから、NDAについて情報を開示する側の立場に立って重要な留意点を以下において解説する。

(1)秘密情報の定義  まず、重要な点は秘密情報の定義である。大企業から提示されるNDAの場合、秘密情報の定義について、書面で秘密情報である旨の明示があるものに限り、口頭で開示された場合でも一定期間内にその内容を書面にして秘密情報である旨の明示をした場合に限り秘密情報として取り扱う旨の規定がなされているものが圧倒的に多い。せっかくNDAを締結しても、秘密情報がこのように限定されてしまうと、秘密表示のない限りその情報は保護されないことになる。また訴訟の過程ではそのような秘密表示を行ったことの立証責任が秘密情報を開示されたと主張するベンチャー企業側に負わされる可能性もある。ベンチャー企業の場合、このような秘密情報の明示の運用を適切に行えるほど管理体制が整っていないことが多いため、このような秘密表示の要求は避け、開示の態様にかかわらず、あらゆる情報が秘密情報として保護の対象となるように規定した方が安全である。

(2)開示目的及び開示許容当事者の明確化 開示目的及び開示許容当事者の明確化も重要である。秘密情報を相手に開示した場合、第三者への開示の危険性のみならず、開示を受けた相手がその秘密情報を利用して競業を行う可能性も否定できない。特にそのような競業を行う技術と人材が揃っている相手の場合には注意が必要である。開示目的を明確化しておくことで、その開示目的以外での利用を禁止し、開示目的以外の利用に対して差止や損害賠償請求の余地を残しておくのが賢明である。また、開示許容当事者の範囲にも注意を要する。大企業の提示するNDAでは、抽象的に「関連会社」への開示が許容されている場合がある。大企業の場合には、本体自ら作業をするのではなく、関連会社を利用して事業を行う場合もあるのは確かであるが、ベンチャー企業の立場からすれば、そのような関連会社を特定してもらい、その各関連会社とNDAを締結させてもらうか、又は、親会社である大企業とのNDAにおいて当該特定された関連会社への開示を許容しつつも、当該大企業に関連会社の秘密保持義務についての監督責任を負わせる規定を入れるなどの対応を行うのが安全である。

(3)知的財産権の確保 NDAにおいては秘密情報又は提供物をもとにしたリーバースエンジニアリングや特許出願行為など知的財産権を侵害する行為を禁止する旨を定めておくことが重要である。また、NDAで想定されている検討過程において発明等知的財産権の対象となる可能性のある創作物が生じた場合に、その権利の帰属関係についても自己に帰属するように規定しておくのが賢明である。NDA締結段階では、そもそも発明等が生じてしまうか否かは予想できないところであるが、くれぐれも全ての知的財産権が相手方に帰属してしまう趣旨の規定が含まれないように注意する必要がある。

(4)競業禁止 NDAにおいて秘密情報をもとに自社と競合するビジネスを行ってはならない旨を明記しておくことも場合によっては必要である。単純に自社のビジネスと同一又は類似のビジネスを行ってはならない旨を規定することができれば一番良いが、通常はかかる広範囲な競業禁止義務を負わせるのは難しく、「秘密情報をもとに」競業してはならないと規定するにとどめることが多い。逆に、自社が競業禁止義務を負う可能性のある規定は排除する必要がある。相手方から提示を受けたNDAの場合には、こちらに競業禁止義務を負わせている可能性があるため特に注意が必要である。

(5)その他 特に機密性の高い情報を開示する場合には、秘密情報及びその格納媒体の複製を禁止しておくのが安全である。また、仮に複製を許容した場合であっても、複製物の管理について秘密情報に準じる旨の規定を入れておく必要がある。また、秘密情報の管理体制についての規定を入れたり、秘密情報及びそれに伴って提出した物並びにその複製物についてはいつでも返還を請求できるような規定を入れておくことが望ましい。また、秘密保持期間は、長く確保するように努め、開示する情報が有用性を失うと予想される期間を考えて、最低でもその期間は確保するように努めるべきである。

NDAの基本的な留意点は以上の通りであるが、株式公開との関係において特段重要な点は、知的財産権の確保と競業禁止義務の回避の点である。NDAにおいて知的財産権が相手方に流出する規定になっている場合には、実際に流出した可能性のある知的財産権を特定し、相手方との間で確認書を取得することが必要となる場合がある。また、NDAにおいてこちらが競業禁止義務を負わされている場合には、現在の事業がこれに抵触していないか、また将来予定されている事業がこの規定に抵触することはないかを慎重に検討することになる。公開会社にとって、特定の第三者にその事業活動を拘束されることは避けるべきことであり、競業禁止義務を負っている場合には重大な問題となる可能性も否定できない。そのため、NDAの締結にあたっては知的財産権が相手方に帰属する規定がないか否か、会社が不当な競業禁止義務を負わされていないか否かについて、特に注意するべきである。

(文責:弁護士 後藤勝也)

 

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