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社員紹介制度を作る場合やサイニングボーナスを支給する場合に気をつけるべきこと

2016/01/18

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初めまして、AZXの弁護士の渡部です! 昨年末にAZXに加入して1周年を迎えたこと

を期に(?)、AZXブログ初登場になります。

趣味は、フットサル、ダイビング、ゴルフ等で、休みになると外に出かけることが多いです。そのせいもあってか、プライベートにて初めてお会いする方々に弁護士とは思われないこともあるので、もう少し弁護士っぽくした方が良いのかなと思う今日この頃です。

 

さて今回は、社員紹介制度やサイニングボーナスについてお話したいと思います。

まず、社員紹介制度ですが、これは、社員が新規に採用する候補者を会社に紹介してくれて、その紹介された人を会社が採用するに至った場合に、採用候補者を紹介してくれた社員に一定額の金銭を支払うという制度のことを意味します。

次に、サイニングボーナスですが、これは、採用を決めた時に採用した人に対して支払われる一時金のことを意味し、優秀な人材を採用するために支払われるケースが多いと思います。サイニングボーナスを支払う場合には、一定期間の在職要件を設けて、当該期間内に退職する場合には支払ったボーナスを返還してもらうというスキームを検討する会社が多いのではないかと思います。

どちらも従業員にとってはメリットのある制度であることからか、問題点の有無を気にせずに制度を運用している例も見受けられます。しかし、それぞれの制度には注意点があるので、それぞれの注意点について個別に見ていきましょう。

 

(1) 社員紹介制度

規模が大きくないベンチャー企業では、どのような人を採用するかという点が重要であるため、信頼できる筋から社員候補者を見つけたいというニーズは常にあると思います。そんな中、社員紹介制度を採用することにより、社内の事情をよく知っている社員が、会社に合うと思える人を積極的に推薦してくれるようになれば、会社にフィットする人材を見つけやすいというメリットがあるのではないかと思います。

しかし、人材の紹介を受けたことに対して報酬を支払うことについては、職業安定法の規制がかかるため、注意をする必要があります。

すわなち、職業安定法40条では、「労働者の募集を行う者は、その被用者で当該労働者の募集に従事するもの又は募集受託者に対し、賃金、給料その他これらに準ずるものを支払う場合又は第三十六条第二項の認可に係る報酬を与える場合を除き、報酬を与えてはならない。」と定められており、会社が従業員に対して支払う紹介料が、職業安定法40条で供与が禁止されている「報酬」にあたらないか、という問題があるのです。なお、ここでいう「労働者の募集」とは、「労働者を雇用しようとする者が、自ら又は他人に委託して、労働者となろうとする者に対し、その被用者となることを勧誘すること」(職業安定法4条5項)を意味します。

結論としては、社員紹介制度を採用するということは、会社の業務として、「社員に労働者の募集」をさせていると判断されるリスクがあるため、新規採用者を紹介してくれた社員に紹介料を給料とは別に支払っていることが、職業安定法40条で供与が禁止される「報酬」を支払っていると判断されるリスクは否定できません。職業安定法40条違反については、6月以下の懲役又は30万円以下の罰金が科されることになってしまう(職業安定法65条6号)ので、注意が必要です。

このように、社員に対して紹介料として報酬を支払うことは職業安定法40条で供与が禁止されている「報酬」の支払いに該当すると判断されるリスクがあるため、社員紹介制度を採用することが難しいようにも思えます。

しかし、同条では、「賃金、給料その他これらに準ずるものを支払う場合…を除き」と規定されているので、紹介料という形で支払うのではなく、人材の紹介という会社の業務を遂行したことに対する「賃金、給料その他これらに準ずるもの」として金銭を給付することも可能ではないかと考えられます。

上記のような人材紹介に対する対価の支払いという形ではなく、別の方法で人材紹介をしてくれた社員の会社への貢献度を評価するという方法も考えられます。

このような方法としては、例えば、ボーナスの支払いのための査定に人材紹介の功績を大きく反映させるという方法が考えられます。

なお、社員紹介制度を採用して、お金ではなく現物(例えばオフィス雑貨等)を支給するようなケースもあります。しかし、「賃金、給料その他これらに準ずるもの」の支払いとして、現物を支給することはできない(労働基準法24条1項では、「賃金は、通貨で、…しはらわなければならない。」と規定されています。)ため、社員の紹介に対する報酬として現物を支給してしまうと、職業安定法40条で禁止される「労働者の募集」に対する「報酬」の支払いをしていると判断されるリスクがあります。
そのため、社員を紹介してもらったことへの報酬として現物を支給することはできないと考えられますので、この点には注意が必要です。

(2) サイニングボーナスを支払う場合の注意点

サイニングボーナスとは、入社時に支払われる賞与の一種で、勤労意欲を促すことを目的として支払われるものになります。サイニングボーナスを与えること自体については特に問題はありません。

しかし、サイニングボーナスを支給する会社側としては、サイニングボーナスを支払う以上、一定期間は就労を継続してもらわないと支払う意味がないと思いますし、サイニングボーナスの持ち逃げをされる事態は防ぎたいと考えるのが通常でしょう。

そうすると、サイニングボーナスを支払う場合には、サイニングボーナスを受け取った社員が一定期間経過前に自分の意思で退職するときには、サイニングボーナスを全額返還してもらいたいというのが会社側の感覚だと思います。

会社がすぐに退職してしまった人からサイニングボーナス相当額を取り返したいと考えることはよくわかるのですが、入社後一定期間経過前に自分の意思で退職した従業員からサイニングボーナス分の返還を求めようとすると、労働基準法上の労働者の足止め防止に関する規定の関係で、問題が生じてしまうので注意が必要です。

すなわち、労働基準法16条(賠償予定の禁止)は「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」と規定しているところ、サイニングボーナスを受け取って入社後、一定期間内に自分の意思で退職した場合には全額を返還させるとすると、当該返還についての合意が「違約金…又は損害賠償額を予定する契約」であると判断されてしまう可能性があります。

また、このような返還合意は従業員の意思に反して労働を強制することになる不当な拘束手段であるため、労働基準法16条(賠償予定の禁止)の他、労働基準法5条(強制労働の禁止)にも違反すると判断されてしまう可能性もあります。

このように、労働基準法16条や5条に違反することになると、サイニングボーナスの返還に関する合意が無効になってしまうので、このような合意をしても実際には法的手段を使ってサイニングボーナスの返還を求めていくことは、難しくなってしまいます。

以上のように、会社がサイニングボーナスを支払うこと自体は問題ありませんが、一定期間内に従業員が自分の意思で退職した場合に、会社は、支払ったサイニングボーナスの返還を求めることはできなくなる可能性が高いため、サイニングボーナスを支給するときには注意が必要になります。

 

執筆者
AZX Professionals Group
弁護士 パートナー
渡部 峻輔
Watanabe, Shunsuke

いかがでしたか。会社を発展させていくために必要な制度を整備することは、会社の運営をしていく上でとても大事なことだと思いますが、このような制度を法律に従って設計運用していくことも、同様に大事なことだと思います。会社が採用している制度について不安がある場合には、AZXまでご相談ください!

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